桃鉄のサイコロがおかしいと思ってしまう理由の考察

結論から言ってしまえば、一般的なゲームプレイヤーは「完全なランダム」をランダムと認識できません。

本当になんの作為もなく純粋にサイコロを振った結果より、意図的に操作された結果のほうが「なんのイカサマもされていないランダムだ」と思ってしまうのが普通の人間です。

これについては、わざわざそのための研究をしている人が居て、論文もきちんと出ていてます。

過去のゲームでは、表示されている確率と実際の確率を変えてプレイヤーを納得させていた作品もありました。

というわけで、この記事では「完全なランダムをおかしいと思ってしまう理由」について、ざっくりと書いていこうと思います。

厳密に書くと論文をいくつも引用してくることになってしまうので、ある程度ざっくりといきます。

なお、この記事は『ゲームプログラミングワークショップ2013論文集』内の『標準的なゲームプレイヤにとって自然に見える疑似乱数列の生成法』の一部を参考にしています。論旨は別ですが。

この記事ではめちゃくちゃ簡単な言葉だけを使って書いていますが、元の論文では真面目にしっかり書かれている上に「ゲームを作る側はそのためにどうすれば良いか」まで踏み込んでいるので、論文を読める方は直接読んだほうがためになると思います。

※桃鉄で実際に操作をされているかは、公表されていませんし証拠もないので今回は置いておきます。完全なランダムであると仮定したうえで、おかしいと感じてしまう理由です。

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サイコロの結果がおかしいと感じるのは認知バイアスのせい

認知バイアスという言葉を聞いたことのない人にざっくりと説明すると、何かを考えるときに余計なものが邪魔をして正しく認識できないということですね。感情とか利害とか、目立ちすぎる特徴とか。

その中にもたくさんの種類があるので、関係あるところをざっと説明していきましょう。

※この分野についてまったくの知識がない人向けに書いているので、厳密には違うところもありますが大体の雰囲気を掴む上では問題ない程度で書いていきます。普通に書くとこの5倍くらいの長さの文章+専門用語のオンパレードになってしまうので。

前述した参考にした論文の方ではもっと多くのバイアスが書かれていますが、今回の私の話で関わるのは以下の5つくらい。

クラスターの錯覚

クラスターとは房のこと。粒の集まった塊みたいなものをイメージしてください。ぶどうみたいな。

クラスターの錯覚をめちゃくちゃ簡単に言うと、全体の内の一部に現れる塊だけをみて「これは偏っている!」と判断してしまうことです。

例えば、サイコロを1000回も振れば4回連続で1が出ることくらいあるということは誰でもわかると思いますが、最初の4回しか振っていない時点でそうなると「1しか出ない!おかしい!」と感じてしまうわけです。

ちょっと極端にしすぎましたが、サンプルの数が少ないと確率の分散は思っているより大きくなります。その分散の大きさを、人類は甘く見てしまうわけですね。

ギャンブラーの誤謬

ギャンブラーの誤謬を一言で言えば、過去の試行結果が次の試行に影響を及ぼすという勘違いのこと。

簡単に言うと「確率の収束」を勘違いしていると起きる心理です。

例えばコインを投げて3回表が出たときに「50%のはずなのに3回連続で表が出てるから、この後は裏が出やすいはずだ!50%に収束するはずだから!」と勘違いする心理効果。

実際に確率を計算すると、3回表が出た後に裏が出る確率と3回表が出た後に表が出る確率は同じ。

しかし、人類は勘違いしてしまうわけです。確率と統計を学んでいないと。

バンドワゴン効果

バンドワゴン効果は一言で言ってしまえば「みんなが言ってるから正しい」と思ってしまう効果。

実際は使う学術分野によって厳密な意味が変わってきたりもするのですが、ここでは割愛してざっくりと。

誰かが「サイコロの出目がおかしい!」と言い出して次の人も同調したら、あとはみんな本当にそう思い始めてしまうわけです。

プロスペクト理論

プロスペクト理論を全て語ると本当に長くなるので、この話に必要な部分だけ抜き出します。

必要な部分をざっくり抜き出すと「確率に対する人の反応が線形でない」ということと「得をするより損を嫌う」ということ、あとは「大きい確率は小さく、小さい確率は大きく見積もる」あたりでしょうか。

ちょっとわかりにくいのですが、100万円貰ったときの喜びと200万円貰ったときの喜びを比べても2倍にはなりません。2倍より少なくなっています。金額が大きくなるほど価値の感じ方の差は小さくなっていくわけですね。

そして100万円貰ったときの喜びと100万円失ったときの悔しさを比べると、失ったときの方が感情が大きくなります。

何かを決断するとき、これらの心理から実際には正しくない答えを導き出してしまいますよということ。

そのため、悪い結果が出たときのほうが余計に印象に残ります。

株やFXをやっている人は一番最初に本で学んでいる内容ですが、そういう風にできているのが人間です。

確証バイアス

一言でいうなら、自分の考えを肯定してくれる証拠を無意識のうちに集めてしまうということ。

実際に起こっている例だと、SNSでもよく問題になるパターンのあれですね。自分の仮説や主張を肯定してくれる材料を発信している人とだけ繋がっていくようになって、肯定材料だけが集まり続けてしまってどんどん突き進むモンスターになるやつです。

もともと否定材料を見ないふりして肯定してくれる材料だけを集めてしまう確証バイアスがかかっているのに、それが加速しているから怖いところです。

完全にランダムなサイコロの出目は、きれいなバラケ方をしていない

実際にサイコロを自分の手で振り続けてノートにつけていくとわかりますが、本当のランダムは出目が偏ります。

もちろん数千回レベルまで続ければ出目はかなりフラットになっていきますが、それでも途中の一部分を見れば4~5回連続で同じ数字が出ることも普通にあります。

しかし、過去に自分がプレイした一人用のゲームでは綺麗にバラケてた!なんて経験がある人も居るはずです。それも間違いではありません。

実際に、バラけた出目が出ていたんですよそのゲームでは。

なぜかというと「無作為に見えるように作為が入っていた」から。これは実際にゲーム制作者サイドから公表されているものもあります。

要は、普通のプレイヤーには先ほど挙げた認知バイアスがかかっているので、逆にそれに合わせて確率を操作してしまおうということです。

間違った確率の認識のほうに、確率のほうを合わせに行くという逆転の発想です。そうすれば「確率を正しく理解していないプレイヤー」の考える確率との乖離が小さくなるというわけ。

そうすることで、乱数の不自然さが消えます。

過去にゲームを作ってきた人たちは、そこまで考えて作っていました。その「均等に見えるように意図的に操作されたランダム」に慣れてしまっていると、本当のランダムがどんなものか理解できていないわけです。

対戦ゲームでは、確率を弄ることが難しい

対戦型のゲームで確率を弄ると今度は別の問題が発生します。

まず考えてほしいのが、確率を理解しているプレイヤーと、理解していないプレイヤーが混ざったまま競い合っているということ。

つまり、確率を理解していないプレイヤーに合わせて確率を操作して合わせてしまうと、今度は確率を理解しているプレイヤーからみて不自然になるわけですね。

で、実際に検証されて結果が出てしまうと「このゲームで確率が操作されてました!」と騒がれてしまいます。

さらに、恩恵を受けていたはずの確率を理解していないプレイヤーさえも「騙されてたのか!」と怒り出すパターンまでありえます。地獄ですね、これ。

「自然なランダムに見えるようにするために確率を操作する」という手法を採用するのにもなぜかリスクがあります。プレイヤーのために考えていることなのに。

なので「均等に見えるように調整された確率操作」を採用していないゲームも多くあるわけです。

さいごに

というわけで、対戦型のゲームでは確率を操作してないからこそ、確率が操作されているように見えてしまっている可能性もあるわけですね。悲しいことに。

普通の人類が想像する完全なランダムな出目は、自然に見えるように手を加えられたランダムな出目の方なので、確率の操作がされていないと不自然に感じてしまう不条理です。

人類に確率と統計は難しすぎると日頃から言っていますが、本当に難しいです。

グラフ化した確率や統計を使って意図的にやろうとすれば、簡単に人を騙してしまえます。なので、統計や確率を考えるときは本当に正しいのか疑ってみることも大事。

なお、参考にした論文の方では実際に簡易的なすごろくゲームを作って「一般的なプレイヤー」がどう感じるかまで検証しているので、興味がある方は読んでみてください。